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2007年9月 2日 (日)

ひとりごと---玉石混淆の情報氾濫・憲法の表現の自由---

ひとりごと---玉石混淆の情報氾濫・憲法の表現の自由---

人間は、
『誰でも、自分と、同じだ』
と、考えている。

『私だけは、そんなことは、無い』などと思わない!
私のような人間は、
『誰でも、自分と、同じだ!』
と、考える代表みたいなものだ!


自分の好きな食べ物を食して、
『美味い』
と、考える。

他の人達にも、
『食べたらおいしいヨ!』
と、伝える(言いたくなる)。


今の世の中(時代)で、
一般的なものなら、
『そーかぁ・・・。それは、おいしいのかな?』
と、考えるだろう。

『鹿肉の刺身』は、一般的ではないかも知れない。
が、脂っこく無いし、淡泊で、実は、誰にでも、食べやすい。

しかし、奈良公園や、安芸の宮島(広島)で、
そういう話をすると、不快に思う人も多いだろう。
そこでは、鹿は、神様のお使いだったりするからだ。

鯨(くじら)は、刺身でも、ステーキでも、
大好物だ!

捕鯨に規制がかかるようになって、
鯨は、値段が、高くなった。
私が、子供の頃は、小学校の給食に、頻繁に出た!
鯨肉のから揚げや鯨のステーキは、ご馳走だった!
(値段も安かった)

捕鯨禁止を訴える人達に、鯨の刺身やステーキが、
美味い、ということを伝えたら、不快に思うだろう。

しかし、鯨の刺身、ステーキを、食して、
美味い、と、感じるのは、私であり、嘘ではない。

『美味いなら、食ってもいいのか?』
は、別の問題だ!
という意見も理解するが、
牛肉を食しても良いが、(仕方が無いが、)
鯨を食するのは、残酷だ!
というロジック(論理)は、
全く理解出来ない。


所詮、地球上の生物は、
他の生物を食しないと、
死んでしまう!

植物も微生物も、
生命体という意味では、
鯨や牛と、同じだ!

人間も、変わらない!


では、食人(しょくじん=人食い)を認めるか?

さすがに、論点を、そこに、持って行きたく無い。


閑話休題。

人間は、誰でも、自分と同じように感じるだろう、
と、考えて、行動するが、
結構、そうでもない!


このところのマーケットを見ていて、
為替や金利のいい加減なコメントを読んで、
苦笑いをすることが、多い。

同じものを
(同じ情報・ニュース、同一のチャートを)見ても、
感じること、考えることは、
実は、みんな違う、ということ。

自分だけが、正しい、などとは、決して思わない!
そこまで傲慢ではないし、
『敬けんな畏れの気持ち』は、常に持つ(努力する)。

しかし、不勉強をさらけ出す、噴飯コメントは、
困ったものだ!

玉石混淆の情報氾濫。

情報を受け取る側が、
しっかりしないと、いけない、ということか・・・!?


表現の自由は、憲法で保障されている。

しかし、憲法で、
表現の自由を保障したということは、
つまり、
その受け手側に、責任が転化されていることにも、
留意する必要が、ある。

表現の自由とは、つまり、そういうことだ。

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